2013年11月14日

25th. Tour de Okinawa on 10th Nov 2013

History of TdO
3:32:21(#062/317)28.25km/h@ 2013citizen100
(向かい風とはいえ遅いなぁ、どうりであまりに平地で楽だった訳だ、攣りまくりだったけど、、)
←3:26:43(#101/264)29.02km/h@ 2012citizen100
←3:04:14(#209/223)27.69km/h@ 2008citizen85
←2:55:22(#146/229)29.08km/h@ 2007citizen85

3時起床→4時出発→5時名護→自走→6時半奥間→バス→9時半スタート→13時ゴール→17時名護→19時帰宅

朝は車中でおにぎり、バナナ、大福、アミノ酸、黒酢、コーヒー少し(しばらく控えていたからと、て、も、おいしぃー!)をぼそぼそ食べて飲む。加えて、ボトルとポケットに合計1,500kcal以上(8cup≒300kcal@マルトデキストリン + 4pack≒400kcal@honeyStinger + 4pack≒600kcal@glicoOneSecondCCD + 2pack≒200kcal@MeitanCCC2000カフェイン)を準備した。昨年とくらべるとずっと暖かい朝の奥集落で、バナナや大福、ワンセコンド、スティンガーワッフルなどを食べ、(やたらと?)水分を摂りながら座ったり、散歩したり、少し横になったりとゆっくりしていた。スタートの1時間前にはPORTOのsjnさんと話をしながら奥の坂道を足をくるくる回して上り、体を温めつつ緊張をほぐすことでができた。

予定時刻より30分早く奥集落をスタートするも、坂の途中まで先導車コントロールでスピードは出ずとても楽に上る。また、女子国際の前にスタートしたため、レース途中で混走してしまうなどの混乱が少なかった。辺戸からの海岸線は先頭の様子が伺える位置で、山側を走りながら深呼吸をしながら高速走行、大々集団のまま与那に到着。サングラスが晴天用だったためか、宜名真のトンネルはとても暗かったぁー。

坂の序盤はどうにか先頭が見えていたが、半分を過ぎた辺りから離れはじめ、勾配がキツくなると見えなくなった。上りきる辺りから両足に攣る徴候が出始める。攣ってからがレースとはいえ、あまりに早すぎ。頂上通過後、一週間前の落車を思い出しながら普段より少し慎重に下りつつ集団を待ち、安田から安波までの間に後続の数十人の大きな集団に合流した。この集団にはキッズ(乗ってください、と集団から声を掛けて頂いた)やイケハラロケッツなどの選手がいる。安定した走りを見ると、なんだか頼り甲斐があって、眩しかったな。

この日は向かい風だったからか、集団が落ち着いたスピードだったため、ローテーションにも控えめに入りつつできるだけ高回転を意識していた。というのも、高江付近では既に両足の至る箇所で足が動かなくなるほどの攣りが頻発していたからで、太腿裏や膝上、脹脛、脇腹、しまいには左足の親指や小指の付け根まで伸びきってしまうことも。その度に、ローテーションできずに後ろに下がったり、上りなどで集団がばらついていれば遅れて距離を開けられたりとヒヤヒヤする時間が続く。それでも、shotzやmeitan、glico、塩を飲んで耐えていると、不思議なことに平地や下りでもうだめだぁと足が止まったりしつつもなんとか凌ぎ、ちょっとした上りに入ると回復し先頭まで戻る、という今迄経験したことのない走りをしていた。もちろん、踵を落としたり、背中を反らしたり、腰を上げたり、回転を上げたり下げたり、プロ選手の走りを思い出し見よう見まねで使う筋肉を変えられるよう、サドルの上でジタバタ工夫しながらの時間だった。

大きな集団は先端で前走者(sjnさんもその内の1人)を捉えつつ、恐らく上りの度に後端を切り離し、羽地に付く頃には20人くらいにまで減り、その20人も羽地ダム手前のトンネル前後の上りで数人づつの散り散りになった。それまでのsjnさんは積極的に前方に位置し、男気ある走り。そんな中、上りで攣りが治まる(!)という幸運を活かし上げるだけ上げ、集団を置き去りにして先行していたNikonCCの選手を含む前2人に追い付き下る。

さーなりさんが県内チームとして撮影してくれていた、うれしいなあ、ありがとございます。
あり、やっぱり、これ、後ろ乗り過ぎ、、

下り終わって平地を走っているとやはり攣りまくり、せっかく追いついた2人からまたちぎれてしまう。暫く1人であががと走りちょっとした上りで治まれば、その2人にかわされた前走者に合流、付けますか?前に追い付きましょう!と誘い、うなずいたのを確認しそこからは全開の全開。肘をバーにのせたり、ドロップを内側からもったり、これもプロ選手の見よう見まねで攣らないように風を受けないようになりふりかまわず、そうそうこれこれ、大好きな瞬間だ。

そのうち、平地に入って早々に置いて行かれた2人と彼らに追い付かれた数人に少しづつ近づいてくる。うわぁっ!追いつきそうですよ!と後ろの彼に声を掛け、少し先頭をかわってもらい、そしてそしてゴールまでまだ少し距離を残して、追いついたー!!オレ頑張ったー!!一度はお先にどうぞと見送った、NikonCCの選手に並び戻ってきましたと挨拶、少しは驚いてもらえたかもしれない、あわよくば千切り返そうとそのまま前に出て牽きまくる。暫くしてNikonCCの選手はラインを変えて1人早めのスパートで飛び出していった。これにはさすがに追い付けず、誰も追えず、そのまま数人の前を走り続ける。ゴールまで30メートルくらいで、そろそろ1人になろうと一度ラインを変えて腰を上げてスプリント、平地で一緒だった彼は離れず横に並ばれるもゴールは秒差で先着させてもらう。

とっても楽しかった、ありがとう!!と言って彼とがっちり握手をしてクリートをはずした。

優勝者から先頭集団、追走集団そしていくつもの後続集団のどこに位置していたんだろうとリザルトを眺めてみた。

ふむふむ、だいたい第5集団くらいでゴールしたのかな?

勝負どころまではもう2~3段階(集団)あるのかしら。

昨年の結果も参考になるかな。やっぱりRR x GPS x GIS x SNS x open x cloud = (^_^)が楽しそう。

気温は多分高かったのだろうけれど、暑くてシンドカッタという印象は(少なくとも今は)ないかな。もっと与那を速く上れるように平地で攣らずに長く走れるようになれば、もっと楽しいんだろう。レース前はちょっと水分を摂り過ぎて出し過ぎたため、ミネラルやら何やらが失われたか薄まったかなと、疑ってもいる。ふくらはぎとふともも(どちらも上部)はレース後3日経っても痛みが消えず、今までにない大きなダメージを受けたんだなぁと感じながら、またレース直前とくらべて明らかにほっそりした足首や脛、頬を見て、そしてシクロワイアードuhyorinさんなどの写真や全国の出場選手のレポートを漁りながら、結局ほくそ笑みながら毎日を過ごしている。

やんばるの皆さん、レースに関係する皆さん、ありがとうございました。さて来年の「ツールドおきなわ」。もう2kgくらい体重を、もう2枚くらいスペーサーを落として、どうか出場できますように。

レース1週間前に追い込みで上った八重岳の朝焼け(写真を撮る前に派手に落車し、ふともも付け根にΦ20cm大の擦過傷を負うも自転車はほぼ無傷、ほっ、ラップフィルム貼って2週間でほぼ完治、すごいっ)

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